ネコネコメンタル診察室

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神経症は性格

神経症は性格

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病気というより性格

私の知ってる精神科医が、神経症は
病気というより性格だね

といっていました。

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この記事で、神経症とは、について書きました。



例えば、不安神経症は、不安の強い性格。



神経症という言葉が病名から無くなっても、神経症という概念は大切らしいです。



流れものの患者


精神科医で作家の
なだいなださん

の著書にカルテの余白というエッセイがあります

なだいなださんは故人で、このエッセイも昭和の時代に書かれ出版されたものです。

そこに流れものの患者という話があります。

流れものの患者と言ったら言葉が悪いかも知れぬが、あちらの医者の治療を受け、それでもなおらず、またこちらの医者にかかり、そこでもラチがあかず、別の医者のところに行くという患者がいる。たいてい神経症の患者だ。


という文章から始まります。

なおるためには、自分の病気が神経症であることを自覚しなければならない。

なおそうとして来た病気が、自分の心の中に原因のある幻のような病気であったことを、認めなければならない。

なだいなだ/カルテの余白/集英社文庫/昭和59年






この話は20年近く病気がなおらず、結婚もせず生活費も援助を受けてきて、病気を治すためだけに生きてきたような女性について書かれています。

今さらなおって、病気がなくなったら、この女性は独立した生活をして生きていかなければならない。


それも苦痛だろう


と、なだいなださんは書いています。



それと
神経症と自分で認めることは



なんて残酷なことだろう

そんなことできるはずがない


とも書いています。




なおさないほうが、女性にとって幸せだろうと…。



そして、神経症の患者さんは
治そうとすると逃げていく


そして、ほかの医者に行き
また同じことを訴える


それを繰り返す

流れもののように

という話です。


神経症を治す


なだいなださんは、神経症を治すためには、神経症と自覚しないといけないと書いていました。


神経症と認めることは、要するに病気じゃないと認めることです。


ずっと、病気だと思い、病気に悩んできた人にとっては

幻の病気

要するに病気ではなく性格だったなんて

やっぱり認められないのかもしれません



でも、認めることで良くなるって



現状を改善することを一番に考えるなら

こんな簡単なことはないでしょう。


もちろん、認めるだけでよくなるというわけではありません

それが、どういう事か本当に理解する事も必要ですね




病気かどうかなど重要ではない


重要なのは、目の前の困りごとを何とかすること。



なんとかするのに

病気かどうかは関係ないですよね




何とかしたいこと、治したいことがあるなら


病気かどうかにこだわる必要ないですから